Q40 超能力と宗教は関係があるの?


一般的に超能力とは、普通の人間の五官(ごかん)ではなしえない力を指さしていいますが、地獄、餓鬼、畜生界など、本来十界(じっかい)の生命を備えている人間が、周囲の縁(えん)や修練によって、特別な能力を持ったとしても少しも不思議ではありません。
仏教では、これら超能力のことを「神通力(じんづうりき)」あるいは単たんに「通力」と呼び、これを五通(ごつう)と六通に分わけて説明しています。

五通とは、
  一、自在に移動できる力
  二、透視する力
  三、普通の人の聞こえない音を聞く力
  四、他人の考えを知る力
  五、自他の過去世の相(すがた)を知る力
をいい、六通とはこれに煩悩(ぼんのう)を取り去る力を加えたものを指します。
こうしてみると現代の超能力者の中には、仏教でいう五通の一分(いちぶん)を持った者もいるといえましょう。

この通力については、御書にもたびたび出ており、中でも古代インドの外道で、十二年間恒河(ごうが)の水を耳の中にとどめたという阿伽陀仙人(あかだせんにん)や、一日の中に四海の水を飲みほすという耆兎仙人(ぎとせんにん)などが知られています。これら外道の仙術(せんじゅつ)は深く宗教と結びつき、幻術といって催眠術を用いて人々の目を眩惑(げんわく)させるものでありました。

現実に通力や超能力をもっている人はいるかもしれませんが、その能力の存在そのものは別に宗教ではありません。しかし、超能力を売り物にした行者とか祈祷師(きとうし)などの教えを信じて、その通力に頼っておうかがいをたてたり、悩みを解決しようとする行為が誤った信仰になるのです。

日蓮大聖人は、
 「利根(りこん)と通力(つうりき)とにはよるべからず」(唱法華題目抄・御書233頁)
と仰せになっています。
利根とは、鋭利(えいり)な五根(ごこん)「眼根(げんこん)・耳根にこん・鼻根びこん・舌根(ぜっこん)・身根(しんこん)」をそなえることであり、ふつうでは見えないものを見、聞こえない音を聞きとるなどの能力を持つ人をいいます。

通力とは前にのべた五通、六通の特殊な力をいいます。大聖人はこれらの利根や通力には人間の生命を浄化する力はまったくなく、かえって正しい仏法を見失うしなわせ、成仏への障害となるために、これらに頼ることを厳しく禁じられているのです。
 
ただし、こうした一般の超能力とは違った真の通力について、『法華経寿量品(じゅりょうほん)第十六』には、 「如来秘密神通之力(にょらいひみつじんづうしりき)」 と説かれております。ここでいう神通力とは、悪業深重の衆生をも必ず成仏せしめるという、仏のみが持つところの究極の功徳力をいいます。

大聖人は、
 「成仏するより外(ほか)の神通と秘密とは之れ無きなり」(御義口伝・御書1766頁)
と仰せです。

末法の今現在においては、御本尊を信じ南無妙法蓮華経と一心に唱えることにより、即身成仏(そくしんじょうぶつ)が遂(と)げられるのであり、これこそ真実の如来の秘密・神通の力なのです。