Q48 よく水子供養で、災いが避けられたと聞きますが?


最近、「水子(みずご)のたたりを慰(なぐさ)める」ためとして、水子供養を売り物にするいわば新種の慰霊産業(いれいさんぎょう)が目だつようになりました。全国の至るところの寺院では、水子地蔵や水子観音なるものが建てられ、易者や霊能者たちは、水子のさわりやたたりによって現在の不幸や病気などがあるとおどかしています。
また雑誌や新聞の広告などには、水子除霊(じょれい=霊を取とり除のぞくこと)のはでな誘いとともに、水子のたたりの例をあげ、いたずらに恐怖心を煽(あお)っているのをみかけます。

これらの宣伝によって作られた水子供養ブームは、ことさら迷える人々に対して、家庭内の不幸や、精神的な不安も「水子の霊を供養すればすべてかたづく」という安易(あんい)な思想を植(う)え付け、増大させているように思われます。

ここで、水子について考えてみますと、昔、とくに享保(きょうほう)・天明(てんめい)・天保(てんぽう)などの三大飢饉(ききん)のときには生活防衛のためにやむなく「間引(まびき)」という農業用語が転じて用いられたほど、堕胎(だたい)や嬰児(えいじ)殺しが多かったといわれています。
しかし、現在では生活のためというよりもむしろ、性風俗の乱れや道徳心の欠如からくる人工中絶による水子が多いようです。このあたりに水子供養ブームの一因があるのかも知れません。

仏教では人間の生命が胎内(たいない)で生育(せいいく)する次第を五位(ごい)に分けて説いています。
 一に、カララン位(=和合と訳され父母の赤白二渧(たい)が初めて和合する位くらい)
 二に、アブドン位(=皰と訳され、二七日を経へて瘡疱の形となる位)
 三に、ヘイシ位(=血肉と訳され、三七日を経て血肉を形成する位)
 四に、ケンナラ位(=堅肉と訳され、四七日になり肉のかたまる位)
 五に、バラシャキャ位(=形位と訳され、五七日を経て六根が備わる位)
そして出生を待まつと説かれています。

この説は受胎後、胎児(たいじ)が直地に生命体として生育を始めることを明かしており、現代医学と近似しているものといえましょう。まさしく胎児は人格とまではいえないまでも、生命ある〝ひと〟として生きているのです。

そして、十界互具(じっかいごぐ)・一念三千(いちねんさんぜん)の仏法の生命観より見れば、たとえ小さな胎児の生命にも必ず仏性(ぶっしょう)を具(ぐ)し、あらゆる可能性を秘めているのです。ですから「水子のたたり」があるかといえば、そのようなものはありませんが、堕胎という生命軽視の行為はなんらかの罪障を作ることになるでしょう。

そのために大事なことは、正しい仏法を基調とした生命観の確立と、道徳心の向上をはかるということであり、もし不幸にして水子があった場合は、正しい因果律(いんがりつ)をふまえた真実の仏法による追善供養(ついぜんくよう)と、本人自身の罪障消滅の祈念こそがもっとも肝要なことといえましょう。